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千葉同友会第43回定時総会記念講演
経営指針の共有で社員の夢が叶う企業づくり

〜社員も社長も共に『いこる会社』〜
報告者:(株)タテイシ広美社 代表取締役 立石克昭氏(広島同友会代表理事)

事業内容:各種広告看板企画・設計・施工、各種塗装工事、LED電光表示システム設計・製作・販売
創業:1977年、設立:1986年、資本金:1000万円、社員数:40名(2017年3月現在)
(2017年5月19日 ホテルグリーンタワー幕張)

高校時代の目標を実現し独立
 うちの会社は看板の仕事をしています。スーパーやドラッグストアといった店舗の看板からLEDの電光表示器など、大型から中小までオーダーメイドで一品物を製作しています。今は東京オリンピックに向けて、大手企業と組んだ仕事もやっています。自社独自の特許技術がありまして、大手企業も一緒にやりたいと言ってきてくれており、対等にやらせてもらっています。
 この会社は、私が24歳の時に1人で創業しました。広島県府中市は人口4万人の町です。地元大手企業に勤めている父からは「うちに入れてやるから就職は心配するな」と言われていましたが、私は「サラリーマンにはなりたくない。自分で決めて、自分で責任をとる経営者になりたい」と、子どもの頃から思っていました。
 高校生の時、絵を描くことが好きだったので、絵を生かしてこの町で仕事をするには何がいいかなと考えて看板屋になろうと決めました。目標が決まれば手段が見えてきます。高校2年生の時に町の看板屋にアルバイトに行きました。すると、アルバイト相手には何も教えてくれず雑用ばかりでした。「俺がライバルになると思って、何も教えてくれないんだ。ここでは勉強できない」と考えて、大阪に出ると父に話しました。父は反対しましたが、私は「必ず5年経ったら帰ってくる。帰ってきて10年経った時には10人の社員で法人化する。この家も建て替えてやる」と、人生計画をぶちまけました。そうして父の反対を押し切り大阪に出て、5年後に帰ってくるわけです。18歳の時、父に話した通りの人生になりました。10年経ち10人の社員となり、法人化。家を建て替えることもできました。私は、経営者には大きな目標が必要で、そこに強い思いが入らないといけないと実感しています。

仕事を楽しむことが人生を楽しむこと
 このようにして会社を作った私には、「仕事を楽しむことが人生を楽しむこと」という経営哲学があります。多くの時間を費やす仕事が辛くて、楽しくなかったら人生不幸です。このことは、創業時にうちの家内が教えてくれたことです。大阪時代に知り合い、創業と同時に結婚しました。当時、家内の両親の反対を説得して広島に帰り2人で仕事を始めましたが仕事はありません。何でもいいからやろうと始めたのが、ベランダの鉄の手すりのペンキ塗りでした。さびを落とし、さび止めを塗って、仕上げていくという仕事です。家内はそれまでハケなど持ったことはありません。顔や服をペンキだらけになっている姿を見た時に反対されたご両親の顔が浮かんできて、その現場で家内に「こんな仕事を俺とやっているけど後悔してないか」と聞きました。すると彼女は「私は汚れるけど、塗っていくものがどんどんキレイになっていく。こんな楽しい仕事はない」と言ったのです。私は涙がポロポロと落ちて、コンクリートの床に染み込んでいったのを今でも鮮明に覚えています。このことをいつも社員に話し、「仕事を楽しもう。楽しめなかったら人生不幸だろう。確かに楽しめないことも多いかもしれない、これをいかに楽しめるように自分の考え方を変えたり、工夫したりすることで楽しい仕事をしようよ」と言い続けています。
 広島同友会青年部の後継者の方に「立石さんはそう言うけど、仕事が楽しいと思えない」と言われました。私は「なぜ楽しめないか。この仕事が天職と思ってやっているか。親父の代からやっている仕事を俺の仕事として覚悟を持ってやれているかだと思う」と話しています。家内がなぜ楽しいと言えたのか、兵庫から嫁いできて、私とこの仕事を天職としてやっていこうと覚悟を決めたからこそ、どんな仕事も楽しいと言えたんだろうと思います。 社長の変化が会社を変える  私は同友会に入る前、いかに稼ぐことが良い経営だと考えていました。その当時、社員が入ってもすぐ辞めていきますが、なぜ辞めるかはわかりません。社員が辞めると言ってきた時、「居なくなったらあの仕事をどうこなそうか」という気持ちと「あれだけ色々なことをしてやったのに何で辞めるんだ」という気持ちで夜も寝られないことが何度もありました。 ある時、税理士さんに勉強会に誘われました。その勉強会のタイトルは「経営者の仕事」でした。そこで、「経営者の一番大事な仕事は社員に夢を与えることだ」と聞き、私はハッとしました。振り返ってみると、私にとって都合のよい「立石労働基準法」を作り、社員を働かせていました。いかに利益を残すか、人件費をいかに抑えるかを考えていたのです。社会保険も入っていない、福利厚生も何もありませんでした。社員の立場から見ると、こんな会社辞めるのは当たり前だなと思うようになりました。それから一変には変えられませんが、少しずつ社員目線の労働環境に改善していきました。そうすると社員が辞めなくなったんです。ある時、社員に「お前この頃変わったな」と言うと、社員に「社長が変わったんですよ」と言われました。まさに、同友会でいう「社長が変わらないと会社は変わっていかない」ということを実感しました。

社員にビジョンを語っていますか
 ただ改善するだけでなく、次の段階、いわゆる「ビジョン」を作っていかないといけないということを同友会で学びました。同友会に入会した当時、バブル全盛期ですごく景気が良く、いま以上に求人難の時代でした。どうしたらうちのような会社で人を採れるのか相談したら、同友会の共同求人で人が採れると聞き入会しました。ある時、私の同級生で長く一緒にやってきた社員が、「社長の方向性が見えない」と言うんです。朝礼など色々な場で「こういう会社をつくりたい」と話してきたのでショックでした。この言葉が経営指針セミナーを受けるきっかけになりました。
 よく同友会で話すのですが、タクシーと一緒だと思います。タクシーに運転手と乗客が乗っています。乗客がタクシーに乗り、まずすることは行き先を伝えることです。運転手と乗客、どちらが経営者でどちらが社員か考えた時、ハンドルを切る運転手が経営者だと言う人もいると思います。でもどちらがお金を支払っているかというと乗客ですよね。私は乗客が経営者、運転手が社員だと思います。今日こうして経営者の皆さんがこの席に来られているのも、社員が会社を動かしているからです。
 タクシーが会社だとした時に、経営者が社員に行き先を告げていますかということです。社員に「1年後、〜に行くよ」ということを伝えているかというと、私は伝えていなかったんです。タクシーで行き先を告げず、「とにかく前に行け」と言っていたのです。よその車に抜かれないように速く、次の曲がり角でまた指示するからというようにです。次の交差点で「社長、道がふたまたに分かれています。どちらに曲がりますか」と聞いてくる。私は「右に行け」と指示をする。右に行くと段々道が狭くなり、これはダメだとUターンさせるわけです。社員はどこに行かされるんだろうと、とても不安だったと思います。私は「経営指針を作り、1年後、2年後の行き先を社員に伝えましょう」と話しています。
 経営指針を作ろうと決めて、最初はB4の紙1枚に経営理念と1年後、2年後にこうしたいという思いを書き貼り出しました。こうして徐々に改善をしながら何とか今の段階まで来ています。ただ、経営指針を勉強して作るわけですが、最初社員はしらっとしているものです。そこを乗り切ることが大事です。私は、経営指針を少しでも読んで「社長、これどういうことですか」と聞いてきた社員を巻き込んでいきました。

社員の価値ある夢の実現
 同友会では、「会社は何のためにやっているのか」とよく聞かれます。「何のために働くのか」、「何のために経営しているのか」を追求したときに、若い頃に追求していた売上や利益も大事ですが、それよりも大事なことがあるなということを気づかされました。やはり「社員の幸せ」です。そのために会社があるということを私は同友会で学びました。社員というのは社の一員なので、私も社員ですから私も幸せになると話していますす。会社に集う者がまず幸せになるということが第一条件です。そうして、経営理念の中に「社員の自立と豊かな幸せを実現する」を入れました。
 すると、ある社員が「これキレイごとですよね」と言ってきました。そこで、社員のプライベートな夢や目標を経営指針の中に織り込でんいこうと考え、社員全員にシートを渡し「みんなのプライベートの夢を書いてくれ。それを会社と一緒に実現して、社員の幸せを実現しようよ」と話しました。すると一人の女性社員に「なんで私のプライベートな夢を会社に公表しないといけないんですか」と言われました。彼女は夜遅くまで仕事を頑張る社員でした。夢を聞くと「料理がうまくなりたい」と話してくれました。「それなら、遅くまでの仕事を早く帰れるように、みんなに夢を公表して、みんなで分けられる仕事は分けて、今やらないといけない仕事とやらなくても良い仕事を分けていこうよ」と話すと、彼女は公表してくれました。みんなの協力で早くに帰れるようになり、料理教室に通ったりするようになりました。彼女の夢が1つ実現できたんです。社員それぞれに、こうした価値ある夢があるんです。いまでは、経営指針の中に社員の顔写真も入れて渡しています。

同友会活動が会社の成長につながる
 私は「同友会のために同友会をしない」と考えています。皆さんの会社のために同友会があるということを忘れないでほしいんです。同友会に入る方は真面目な方が多いので、役員になったら「同友会のために同友会をしないといけない」と思ってしまうんです。そうしてしんどくなり「疲れたので、同友会辞めます」となっては、本末転倒です。会社を良くしたいと思って同友会に入るわけじゃないですか、役員になれば、役得として一般の会員では勉強できないことを勉強できたりするわけです。私は、地区長、支部長、県理事、副代表理事とやらせてもらってきました。役をやって一番良かったと思うのは、もちろん会社が良くなったことです。売上が前期の倍にもなりました。同友会で地道に勉強し、社員を育てていくことが、会社を成長させるんだと実感しています。

同友会型企業を増やし、より良い地域に
 同友会で我が社だけが良くなったのでは何の意味もありません。同友会型の企業をこの地域に増やしていくことが、この地域を良くしていくことだと思います。私が地区長をしている頃、「この地域で何人増強しろ」っていうノルマが来たんです。「同友会はちゃんとした例会やっていれば会は増えるんだ。何人増やせとか言うな」と反発しました。ところが、そうではない最近感じています。社員を大事にして、人を生かし、本当に地域に根ざした同友会型企業をこの地域に増やすことが我々同友会の使命です。まずは我が社を良くすること、それにプラスして、この地域に同友会の考え方を持った会社を増やしていくことがまさに会員増強なんです。1500名を超える千葉同友会が2000名の目標を掲げています。2000名の同友会型企業を作っていく、3000、4000名と地域に広げていくことが地域が良くなることだと思います。
 私が解釈している同友会型企業は、@会社の進む方向が明確でそれが社員と共有できている。A地域に雇用の場を提供でき、地域からあてにされる会社であること。B社員の自主性が発揮でき、自立した社員が育つ環境があること。C社員の意見が取り入れられ、また経営者も社員に相談できる民主的な会社。D経営者・社員同士の連帯感があり、同じ方向に向かえることです。こういう会社をいっぱい作っていきたいと思っています。
 中小企業振興条例を作っていこうと思っても、まだまだ中小企業は経営者だけが儲けて、会社は赤字にして、社員を都合よく使っている会社ばかりだと思われています。そうではないということを訴えていく、それが条例づくりだろうと思います。小さな会社でもキラリと光り、しっかりと経営していくことで周りが認め、中小企業の価値が上がっていきます。人の採用にもつながっていく。そこまで至るようにしていくのが同友会運動だと思っています。

企業参観日を通じて魅力発信
 社員を生かすこととして取り組んでいるのが、「企業参観日」です。社員の家族を会社に呼び、見てもらっています。3年ごとに行い、今年2月に3回目を行いました。ある入社前の女性社員のご両親が「娘が入る会社はどんな会社だろう」と参加してくれました。すると、同い年の彼氏が付いてきました。その彼は大手の物流会社に内定をもらっていました。私が会社を案内し、経営指針の話をしたところ、ご両親は非常に喜んでくれたのですが、その彼氏が翌日電話してきて、「内定を取り消して、タテイシ広美社に入社したい」と言ってきました。丁重にお断りしましたが、それだけ会社の魅力が伝えられる取り組みです。

自社は情報伝達業
 うちの会社は看板屋ですが、情報を流す電光掲示板なども作っています。1991年バブルが崩壊した頃、売上が40%ほどダウンしました。そこで何か新しいことを始めないといけないと考えたのが電光掲示板です。大手の代理店として始め、結構売れました。するとお客さんから「もっと大きいものができないか」と注文が入ってきました。大手電機メーカーに図面を描いて出すと、その1台のために製造ラインを変えることはできないと言われました。これは中小企業の仕事だと思い、うちでメーカーとして取り組もうと思いました。作ったことがないので、専門のプログラマーや制御盤を扱っている方の力を借りて作りました。
 新規事業をやるのに大事なことは、「自社は何業か」ということです。電光掲示版を始め、大失敗も乗り越え仕事が増え出した頃、ある社員に「社長、本業から外れましたね」と言われました。私自身、看板という本業から外れて行っているかなと感じていました。実は以前、同友会の経営指針セミナーで「自社は何業か」ということを勉強したことがありました。電光掲示板を始める前、まだ看板が順調だった頃です。私は迷いもなく「看板業」と書きましたが、「それではダメ、立石さんのところの独自の業態を考えて下さい」と言われました。そうして考えたのが「情報伝達業」でした。今やっていることはまさに「情報伝達業」だと思い、「情報伝達業として、情報を形にすることを目的とする」と経営理念に加えました。
 いま、「情報伝達業」として、東京オリンピックのカウントダウンを作ったり、72時間停電しても情報を表示し続ける「電子ペーパー」というものの開発が終わり、新しく商品化していこうとしています。こうした、他社にはないもの、独自性のあるものを作っています。こうしたキラリと光る新しいことに取り組むためにも、「自社は何業か」ということを明確にして社員と共有することが大事だと思います。

「いこる」経営者、同友会を目指そう
 備後地方で炭が赤々となることを「いこる」と言います。私は「いこる」経営者になろう、「いこる」同友会を作ろうということを話しています。どういうことかと言うと、バーベキューをするために黒い炭を入れ、網を置きます。肉をどこに置きますか、赤々といこった炭の上に置くわけです。
 肉を「良い出会い」、「良い仕事」、「良い情報」、炭を経営者だとすると、いこっている経営者の上には「良い人材」、「良い仕事」、「良い情報」が乗ってきていると思います。いこっていない人ほど、世の中が悪い、景気が悪いとか言っていますが、誰のせいでもなく、経営者自身、会社自身が「いこる」ことがほっといても会社が良くなることだと思います。

「故郷で錦を織り続ける」中小企業は素晴らしい
 よく、「故郷に錦を飾る」と言いますが、それ自体素晴らしいことだと思います。それ以上に素晴らしいと思うのは、「故郷で錦を織り続けている」我々中小企業だと思います。ここに焦点が当たっていないことが問題で、「故郷で錦を織り続けている」中小企業は素晴らしいんだと自信を持っていきましょうよ。私は、中小企業という言葉をまったく恥ずかしく思っていません。逆に思いっきり使ってやろうと考えています。そういうことが中小企業振興条例づくりの本質につながっていると思います。

(事務局長 /逸見)


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