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北総支部第2回定時総会記念講演
「企業再生へ向けた経営改革!
朝のこない夜はない、10年間の苦悩から見えたスタートライン〜」

       報告者 鞄注イ和 代表取締役 湯澤 剛氏(神奈川同友会)

突然サラリーマンから経営者へ
 自社は、父が創業した会社で主に飲食店を経営しています。自社の居酒屋12店舗、吉野家のフランチャイズ1店舗、はなの舞のフランチャイズ1店舗を神奈川県内に展開しています。
 私は大学卒業後、某大手ビールメーカーに就職しました。12年間のサラリーマン時代は、非常に順風満帆でした。しかし、そんな生活がガラッと変わってしまったのが平成11年1月です。父が突然病気で亡くなりました。実家へ帰ると、金融機関の人が来て「会社を継がないの?もしあなたが継がなければ、あなたのお母さんが社長になりますよ」と言われました。もともと転勤が多く、ほとんど家に帰らなかったので、父の会社のことは全く分かりません。父の葬儀後、事務員の女性が「明日から私達は一体どうすればいいんですか?」と涙ながらに訴えてきました。知りませんとは言えません。「分かりました」と言って、勤めていた会社の有休をとり、父の会社の業務に取り組みました。
 父の会社に行くのは、これが初めてです。1、2週間業務を行なっているうちに、どこかのタイミングから社長と呼ばれたのです。社員に「社長!」と言われるうちに、これは継ぐしかないと思うようになっていました。
 そして覚悟を決めた私は、勤めていたビール会社を辞めることにしました。当時の私は、社内の中国工場プロジェクトのメンバーで、重要な仕事を任せられている自覚がありました。私が突然会社を辞めたら、プロジェクトはだめになり、挙句の果てに株価が下がるのではないかとまで心配しました(笑)。上司の元へ辞表を出しに行くと「それは大変だね、これから苦労も多いと思うけど頑張れよ。こちらの心配は全くしなくていいよ」と言います。想定外の激励を受け、さすがに悲しくなりました。1人欠けても、他の人がパッと来て、問題なく回る。これぞ大企業だと改めて実感しました。

絶望的な状況下での経営スタート
 心の準備もないままに事業承継を行い、いつからか社長と呼ばれ、経営者としてのスタートをきります。業界経験なし、マネジメントの経験なし、さらに会社の知識が皆無です。さらに引き継いだ会社がすごいのです。借入金が40億円、実質債務超過額は25億円以上。完済までに80年、債務超過解消だけでも50年かかるとまで言われました。常に資金ショートの連続です。体制は、経理部長や営業部長、マネージャーは存在せず、店長は20店舗で2名のみ。本社は中年女性社員とパートの女性。父が亡くなる2、3年前に同時に辞めた当時の営業部長と経理部長が、自社に似たような居酒屋を近所にオープンさせ、優秀な人材は全て引き抜かれたこともあり、会社の状況は最悪でした。
 社長として初めての仕事は、支払いが遅れているところに、謝罪して回ることです。雨が降れば客数は激減し、天気予報に怯える日々でした。板前同士の喧嘩やお客様と従業員の喧嘩、売上の持ち逃げ、店舗のモラルも最悪の状況です。
 家に帰ると、家内がこっそり私の代わりに電話で取引先に謝罪をしている姿を目にしました。このままでは、家族もだめになってしまうと思い覚悟を決めました。まずは自己破産をする計画を明確にたてました。計画を紙に書くことにより、気は少し楽になりました。そして「1827日」がむしゃらに働くことを決断しました。ある一定期間がむしゃらに働き、ダメならば辞めようと考えます。『迷っているのが1番問題であり、危険』であると感じたことから、覚悟を決めて一歩を踏み出すのです。

土俵を決める=何かを選んで何かを捨てる
 八方塞がりからの脱却方法として、1点集中し、成功したら横に広げる戦略を考えました。初めて25歳のフリーターを社員として採用し、500万円捻出して店舗改装をし、再スタートを切ります。しかし、売上は全く上がりません。社員に辞められてしまうことが怖く、社員と向き合っていないのが原因でした。これではダメだと思い、毎日オープン前に3時間、社員と1対1で打ち合わせを行いました。継続していくと社員に「耐えられない。辞めさせてほしい」と言われるのです。「もし、繁盛して安定したら辞めても良い」と私が言うと「立派な店にして、辞めていきます!」と力強く答えました。実は、その彼は今でも私の右腕として働いてくれています。
 私達は、大手チェーンに視察に行き、新しい取り組みや面白いものがあれば、とにかく全てを取り入れました。しかし、売上のほとんどを占めていた中高年の男性層は離れて行ってしまいました。その当時、大手はお洒落なダイニング居酒屋に切り替えていく動きがありました。しかし、その流れには敢えて乗らず、ライバルが少ない中高年男性が日常使いできる単価3000円くらいのマーケットを徹底的に狙っていくことを決めました。
 マーケットを決めたら、あとは全てを統合していく作業です。メニューも鮪とアボカドのミルフィーユ仕立てなどかっこいい名前でやりたかったのですが、ターゲットは中高年の男性です。これじゃあだめですね(笑)。メニューは、もつ煮込みや鮪のブツなどベタな名前にし、接客も、とにかく元気に早く注文をとり、素早く提供するスタイルにしました。そして、ようやく結果がでました。
 一点突破をしてからは、早かったです。3か月に一度各店舗を改装して、切り替えていくのです。同じ立地で、同じ海鮮居酒屋、改装も少し小綺麗にするくらいです。しかし、ターゲットに全てを統合することで、どんどん利益が出てきた時期でした。ほとんどの店が売上約1.5倍、利益2倍になり業績が改善していきます。

過去最高月間利益→大問題の続出
 しかし、経営は、そんなに甘くなかったのです。BSEの影響で米国の牛肉が輸入禁止になり、吉野家の牛丼がストップしたのを覚えていますか。その時期、売上の30%が吉野家部門に依存していましたので、単純に30%の減益です。
 当時、集中治療室からでてきたばかりのような会社ですから、また資金繰り地獄でした。それからは、とにかく社員への叱咤激励です。頑張れ、もっと売れ、人件費下げろ、原価下げろ、そして平成18年12月に最高益の利益を確保します。
 しかし、食中毒、火事、社員の病死などの様々な問題が次々と起こるのです。経営が嫌になってしまった時期でした。M&Aの知識がありましたので、会社を売れば一銭も残りませんが、物件の全てを売り、借金を返せる絵が描けたのです。がむしゃらにやると決めた1827日はとっくに過ぎていたので、今が辞め時だと感じました。社員を集めて「大手に会社を売ろうと思うのだけど、どう思う?」と聞きました。本気で反対する社員はいないだろうと思っていたのですが、ある社員が本気で怒りだし、「冗談じゃないです。自分達だって、命を懸けて働いています。何を言っているんですか!」と責められました。非常に驚きました。その時に初めて、自分の会社として本気で考えてくれている社員がいたのだと気付きました。

同友会と私
 まず、様々な問題の原因を分析しました。すべては経営者の考え方や行動が影響して、こういった最悪の事態を招いていたのです。変わらなければいけないと思った私は、同友会に入りました。経営戦略のみならず、人に焦点を当て人間尊重の経営を目指しているところに惹かれ、徹底的に学びたいと思ったのが入会のきっかけです。経営者は、自分だけでは変われません。同友会では、朝から晩まで「どうやったら社員が働きやすい環境が作れるだろう」「どうやったら幸せにできるだろう」と真剣に語り合います。同友会の仲間と熱く語り合う中で、自然に自分が変わっていくという実感がありました。これこそが同友会の魅力だと思います。

自分が源である
 14年かかりましたが、40億円あった借金は3億円になりました。37億円の返済です。債務超過も解消しました。初めは、どうしようもないと思っていましたが、諦めないで色んなことをしていたら、紆余曲折があり、残りは3億円です。経営をしていると、突拍子のないことが次々と起こります。問題の原因が、周りのせいであると考えていたら、解決することは出来ません。しかし、それが自分に原因があると分かったら、それは裏を返せば、自分が変われば状況が変わるということです。「自分がすべての源である」といった考え方には、私自身救われました。
 もともと私は、利益以外の目標や理念を一切持っていませんでした。理念で飯を食べることが出来ないと思っていたのです。しかし、会社の理念が利益以外にないから、自分は変われないのだと気付きました。そこで同友会の経営指針成文化セミナーに参加を決めたのです。初めに自覚させられたのは、「何のために経営を行なうのか」です。受講するまでは、全く考えていませんでした。「どうやって経営するか」だけを考えていたのです。私がたどりついた理念は「人が輝き、地域を照らし、幸せの輪を拡げます」です。そこに込められた想いは、「共に学び、共に育ち、誇りある人生を送れるような会社を作りたい」また、「地域には笑顔溢れる食の空間を創り、街に喜びと活力をもたらしたい」ということです。現在は、理念の実現に向けて懸命に努力をしているところです。現実とのギャップは消えないのですが、今日、明日、来週は何をするのか考え、ようやく動き始めました。

中小企業が果たす役割
 中小企業は、経営資源が乏しいです。しかし社会に貢献していることを社員が実感できるのは、断然中小企業でしょう。山本五十六氏の言葉で「やってみせ。言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ」があります。これには、続きがあるのです。「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている姿を、感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」これこそが、私がやらなければならないことだと思っています。とにかく任せてみることが重要で、それから信頼がついてくるのだと意識するようにしています。
 中小企業の役割とは何だろうといつも考えます。弱い存在なのか、大企業になれなかった企業なのか、大企業になる前の姿なのか。それらは絶対に違います。中小企業が果たす役割があるはずです。それは、地域の一隅、社会の一隅を照らすということではないでしょうか。ある特定のマーケットでも、顧客でも、ある特定のところから必要とされる商売をしていき、それを深めていくことは、中小企業にしか出来ない強みだと思います。大企業がニッチなマーケットに入ってくる場合は、関連会社や子会社を作って対応しますが、どうでしょう。3年そこらで代わるような社長と、命懸けで仕事をしている我々中小企業の社長。勝負になるわけがないです。絶対に負けませんよ。

朝の来ない夜はない
 私のスタートは「資金繰り」でした。莫大な借金を返し、利益を上げ続けたい。現在は、ようやく良い会社を作りたいと本気で思っています。ところが経営指針書を作ると、目指す理念がものすごく遠く感じます。本当にたどりつけるのかと、不安でいっぱいです。ただ、いつかそんな会社になれると信じています。なぜならば、あきらめなければ必ず夜が明けて、朝がやってきて、そして道は拓けるということを14年間の経営で自分の信念として持っているからです。ですから、今は思い浮かべる姿がはるか遠くにあっても、必ず実現する日はやってくるのだと思います。

【企業概要】
■設立…昭和53年■売上高…16億5000万円(平成23年10月期)社員数…282名(正社員62名・アルバイト220名)■本社…神奈川県鎌倉市■事業内容…飲食店経営・不動産賃貸業
                            文責…高橋陽香

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